かくしごと

f:id:HOTOGA_Yu:20210515215129j:plain「明日の試合、クソめんどい。」
隣に座る百花がごちる。
私は、なんだか気まずくて、無言でアイスを食べていた。
いつもの公園のベンチに並んで座り、こうして百合と話す時間は、とても大好きで、そして、時々億劫だった。
「てかさ、高橋のことだけど...」
またひとくち、アイスを齧る。バニラ味、美味しい。甘く、クリーミーな味わいが口いっぱいに広がる。
「やっぱ彼女居んのかな」
食べている間はこんなに美味しいのに、食べ終わってしまった後、不快な甘味が口内で尾を引く。バニラアイスの、こういう所が苦手だ。
「あーあ、試合行きたくないな」
食べ終わったアイスの棒きれをコンビニの袋に放り込み、何となく地面を見つめる。
アスファルトの隙間。無数の蟻が巣を作り、巣穴の出口を忙しそうに、出たり入ったり。
「沙恵は知らないの?高橋のこと。」
百花からの視線に気付かない振りをして、なるべく平然とした態度を取る。
「知らないよ、クラス違うし。」
胸の奥がざわつく。無意識に、人差し指と親指を擦り合わせる。緊張した時の、私の癖だ。
「ふーん、そっか。」
ベンチを覆い隠すようにして咲き誇る藤の花が、春の風にそよぐ。
いやらしく、甘ったるいバニラアイスのあと味と、忙しなく働く無数の蟻と、どこか遠くを見つめている親友と。
気まずい沈黙の間を通り抜けるキビタキのさえずりが、まだ見ぬ夏の訪れを感じさせる。